「同居していれば…実家相続の後悔」

「実家は娘が相続するはずだった」のに相続税が発生―。
小規模宅地等の特例は「誰が相続するか」で使えるか否かが決まります。
別居の子は配偶者が存命なら原則的には使えず、同居していれば防げた後悔が生まれます。
(注:生計同一要件等を満たしていれば、配偶者がいても別居の子が使える場合もありますが、条件は厳格です。)
実例をもとに、親が元気なうちに家族で話し合う「円満相続家族会議」の必要性を解説します。
「まさか相続税がかかるなんて」―ある家族の相談から
「実家は娘の私が相続するつもりでした。まさか相続税がかかるなんて……」
先日、お父様を亡くされた長女の方から、こんなご相談をいただきました。
ご家族の構成は、亡くなったお父様(被相続人)、高齢のお母様、そして相談者である長女の方の3人。
お母様もご高齢のため、「実家の土地と建物は長女が引き継ぐのが自然だろう」と、ご家族の間では以前から何となく話が決まっていたそうです。
ところが、相続手続きを進めるために不動産の評価額を計算してみると、思わぬ事実が判明しました。
お父様が所有されていた不動産の数が多く、預貯金と合わせると相続税の基礎控除額を超えてしまう可能性が出てきたのです。
「相続税は、お金持ちの家の話」と思われがちですが、実は都市部や地価の高いエリアに実家がある場合、ごく普通のご家庭でも基礎控除を超えることは珍しくありません。
沖縄でも那覇市内や倍率表適用地域の近郊では、同じような状況になるご家庭が増えています。
ここで登場するのが、相続税対策の切り札とも呼ばれる「小規模宅地等の特例」です。
この特例を使えば、実家の土地の評価額を大きく下げることができ、今回のケースでも基礎控除の範囲に収められる見込みでした。
しかし、話はそう簡単ではありませんでした。
この特例には「誰が相続するか」という条件があり、長女の方がそのまま実家を相続しても、特例は使えないことが分かったのです。
「もっと早く知っていれば……」
相談者の方が漏らしたこの一言が、今回のテーマです。
相続は、亡くなってから考えるのでは間に合わないことがある。そのことを、この実例を通してお伝えしていきます。
相続税が8割減る「小規模宅地等の特例」とは
まず、今回のカギとなる「小規模宅地等の特例」について、できるだけ簡単にご説明します。
この特例は、亡くなった方が住んでいた自宅の土地について、一定の条件を満たす人が相続した場合、330㎡(約100坪)までの部分の評価額を80%減額できるという制度です。
たとえば、評価額3,000万円の自宅の土地であれば、特例を使うことで評価額は600万円になります。
つまり2,400万円分も相続財産が圧縮されるわけです。
なぜこれほど大きな減額が認められているのでしょうか。
それは、残された家族が相続税を払うために「住み慣れた家を売らなければならない」という事態を防ぐためです。自宅は生活の基盤であり、簡単に換金できる財産ではないという配慮から生まれた制度なのです。
ここで、相続税の基礎控除についても確認しておきましょう。基礎控除額は次の計算式で決まります。
3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数
今回のケースでは、法定相続人はお母様と長女の方の2人ですから、基礎控除額は4,200万円です。
相続財産の合計がこの金額を超えなければ、相続税の申告は原則として不要です。
仮に、実家の土地が3,500万円、建物が500万円、預貯金が1,000万円だったとしましょう。合計は5,000万円で、基礎控除を800万円超えてしまいます。
しかし土地に特例を適用できれば、土地の評価額は700万円となり、合計は2,200万円。基礎控除の範囲内に収まり、相続税はかからなくなります。
このように、小規模宅地等の特例は「相続税がかかるか、かからないか」を左右するほど大きな効果を持っています。
ただし、この特例には見落とされがちな重要な条件があります。
それが「誰が相続するか」という取得者の要件です。次のブロックで詳しく見ていきましょう。
特例を使えるのは「誰」か―3つの条件
小規模宅地等の特例(特定居住用宅地等)は、土地を相続する人が次の3つのいずれかに当てはまる必要があります。
① 配偶者 亡くなった方の配偶者であれば、同居していたかどうかに関係なく、無条件で特例を使えます。最も適用しやすい立場です。
② 同居していた親族 亡くなった方と相続開始の直前まで同じ家に住んでいた親族です。
ただし、相続税の申告期限(原則、亡くなってから10か月)まで、その家に住み続け、かつ所有し続ける必要があります。
③ 別居していた親族(いわゆる「家なき子」) 同居していなくても、一定の条件を満たせば特例を使える場合があります。ただしこの③には大前提があり、亡くなった方に配偶者がおらず、同居していた相続人もいない場合に限られます。
さらに、相続開始前3年以内に自分や配偶者などが所有する家に住んでいないこと、といった細かな条件も加わります。
さて、今回のご家族に当てはめてみましょう。
長女の方は、結婚後ずっと実家とは別の家で暮らしていました。つまり②の「同居親族」には当てはまりません。
では③の「家なき子」はどうでしょうか。
ここが最大の落とし穴でした。
お父様にはお母様という配偶者がいらっしゃいます。配偶者がいる時点で、③の適用は認められないのです。
結果として、長女の方が実家を相続した場合、特例は基本的には使えません。
土地は評価額がそのまま計上され、相続税が発生してしまいます。
一方、お母様が相続すれば①に該当し、特例が使えます。
さらに配偶者には「配偶者の税額軽減」という別の制度もあり、1億6,000万円まで相続税がかかりません。
「実家は二女が継ぐ」という家族の自然な思いと、税制上の合理的な選択が、ここで真正面からぶつかってしまったのです。
「生前に知っていれば」―後悔を生んだ本当の原因
長女の方は、こうおっしゃいました。
「父が元気なうちにこの仕組みを知っていれば、私は早めに両親と同居していました。そうすれば、私が実家を相続しても特例が使えたのに……」
そのとおりです。
相続開始の前から同居していれば、長女の方は②の「同居親族」に該当し、特例を使って実家を相続できたはずでした。ご両親の介護や見守りという意味でも、同居は前向きな選択肢だったかもしれません。
では、今からできることはないのでしょうか。
現実的な選択肢は、いったんお母様が実家を相続することです。
配偶者として特例が使え、今回の相続では相続税がかからずに済みます。
ただし、ここにも注意点があります。
お母様が亡くなったときの相続、いわゆる「二次相続」です。
このとき長女の方が実家を相続することになりますが、その時点で同居していなければ、やはり特例は使えません。しかも二次相続では法定相続人が1人に減るため、基礎控除額は3,600万円に下がります。問題を先送りしただけで、根本的な解決にはならないのです。
つまり、このご家族が本当に考えるべきだったのは、「一次相続と二次相続をセットで見据えて、誰がいつ実家を引き継ぐか」という長期的な設計でした。
なお、相続税の具体的な計算や申告は税理士の専門領域です。
当事務所では、税務が絡む場面では信頼できる税理士と連携し、ご家族全体の相続設計をサポートしています。
今回の後悔を生んだ本当の原因は、長女の方の判断ミスではありません。
「家族の誰も、相続の仕組みを知る機会がなかった」こと、そして「家族で相続について話し合う場がなかった」ことです。
多くのご家庭では、相続の話は「縁起でもない」と避けられがちです。
しかし、その沈黙こそが、取り返しのつかない後悔を生む最大の原因になっています。
円満相続家族会議が「後悔」を「安心」に変える
こうした後悔を防ぐために、当事務所がおすすめしているのが「円満相続家族会議」です。
円満相続家族会議とは、親が元気なうちに、家族全員で財産の全体像と引き継ぎ方について話し合う場のことです。私、相続対策コンサルタント・行政書士が第三者として同席し、話し合いを進行しながら、法律や制度の面から整理をお手伝いします。
今回のご家族が生前に家族会議を開いていたら、何が変わっていたでしょうか。
まず、実家の評価額を把握し、相続税がかかる可能性に気づけたはずです。
次に、小規模宅地等の特例の条件を知り、「長女が相続するなら同居が必要」「母が相続するなら二次相続の対策が必要」という選択肢を比較できました。
そのうえで、同居の時期や、遺言書の作成、生前贈与の活用などを家族全員が納得した形で決められたのです。
家族会議には、税金対策以上の価値があります。
親の「本当はこうしてほしい」という思いと、子どもの「実はこう考えている」という本音を、生きているうちに伝え合えること。これが円満相続の土台になります。
相続トラブルの多くは、財産の多さではなく、「聞いていなかった」「知らなかった」というすれ違いから生まれるからです。
家族会議は、決して堅苦しいものである必要はありません。
お盆や正月に家族が集まるタイミングで、1〜2時間ほど時間をとるだけでも十分です。
「何から話せばいいか分からない」という方のために、当事務所では話し合いの進め方や事前の財産整理シートもご用意しています。
「うちは財産が少ないから大丈夫」 「まだ元気だから早すぎる」
そう思われている方こそ、ぜひ一度ご相談ください。元気なうちだからこそ、選べる選択肢がたくさんあります。
「同居していれば……」という後悔を、「話し合っておいて良かった」という安心に変える。
それが、円満相続家族会議の目的です。
まとめ
今回は、ある長女の方の実例をもとに「円満相続家族会議」の必要性をお伝えしました。
実家の土地は、小規模宅地等の特例を使えば評価額を80%減額でき、相続税がかからなくなるケースも少なくありません。しかしこの特例は「誰が相続するか」で使えるかどうかが決まります。配偶者は無条件で使えますが、別居している子どもは、配偶者が存命の場合には原則として使えません。
今回のご家族では、長女の方が実家を継ぐつもりだったものの特例が使えず、「生前に知っていれば同居していたのに」という後悔が残りました。お母様が相続すれば今回は解決しますが、二次相続で同じ問題が繰り返されるおそれもあります。
後悔の根本原因は、家族の誰も相続の仕組みを知る機会がなく、話し合う場がなかったことです。
親が元気なうちに家族全員で財産と引き継ぎ方を話し合う「円満相続家族会議」を開けば、特例を踏まえた同居の検討、遺言書の作成、二次相続まで見据えた設計が可能になります。
相続は、亡くなってからでは選べる道が限られます。元気な今こそ、家族で話し合う時間をつくってみませんか。
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